
2026年春闘の賃上げ率は、連合の最終集計で全体5.01%。300人未満の中小組合でも4.69%と、高い水準が続いています。賃金テーブルを見直し、賞与も増やした。それでも退職の申し出は止まらない ― そうした手応えのなさを感じる経営者の方も、少なくないのではないでしょうか。
結論から述べます。賃上げだけでは、辞める人は止まらない。給与への不満は離職理由のひとつではありますが、公的統計を読む限り、最大の塊ではなさそうです。給与以外の離職理由の合計は、給与を上回っています。本記事では、自社では年に何名の話になるのかという換算から、理由の内訳、1名あたりの費用までを一次データで確かめます。
離職は、20名の会社なら年に2.3名で起きている
厚生労働省「令和6年(2024年)雇用動向調査結果の概況」によると、2024年1年間の離職率は14.2%。パートタイム労働者を含む常用労働者全体の数字で、正社員に近い区分である一般労働者に絞ると11.5%になります。
率のままでは自社の話になりません。一般労働者の11.5%で人数に換算します。
- 従業員20名の会社 … 年に約2.3名
- 従業員30名の会社 … 年に約3.5名
20名の組織から年に2名強。採用計画上は見慣れた数字でも、「毎年これだけの引き継ぎと再教育が発生する」と読み替えると、印象は変わるかもしれません。
同じ調査の入職率は14.8%で、離職率を0.6ポイント上回りました。全体としては人が増えている状態です。ただし、増えていることと辞めていないことは別で、出入りの絶対量が減ったわけではありません(離職率は前年の15.4%から1.2ポイント低下)。
規模別も見ます。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」では、大学卒業者の3年以内離職率が5〜29人の事業所で52.0%、1,000人以上で27.0%。規模が小さいほど高い傾向が出ています。
辞めた理由の内訳|給与を上回るもの
同じ調査は、前職を辞めた理由も集計しています。内訳が読み取れない「その他の個人的理由」と、性質の異なる「定年・契約期間の満了」を除いて並べます。
| 前職を辞めた理由 | 男性 | 女性 |
|---|---|---|
| 職場の人間関係が好ましくなかった | 9.0 | 11.7 |
| 労働時間、休日等の労働条件が悪かった | 8.6 | 12.8 |
| 給料等収入が少なかった | 10.1 | 8.3 |
| 会社の将来が不安だった | 7.4 | 5.1 |
| 仕事の内容に興味を持てなかった | 4.4 | 3.6 |
| 能力・個性・資格を生かせなかった | 3.8 | 3.7 |
単位:% 出典:厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」表5をもとに作成
単独では、男性の「給料等収入が少なかった」10.1%が上位に来ます。給与は理由にならない、という話ではありません。ただ、そこだけを見て手を打つと残りを見落とします。
給与以外の4項目 ― 人間関係、会社の将来、仕事の内容、能力の発揮 ― を合わせると、こうなります。
- 男性:合計24.6%(「給料等収入が少なかった」10.1%の約2.4倍)
- 女性:合計24.1%(同 8.3%の約2.9倍)
この4つに共通するのは、金額だけでは解決しにくい点です。人間関係。会社の将来像。仕事の意味。能力の発揮。いずれも「この会社で働き続ける実感」に関わるもので、賃金テーブルの外側にあります。賃上げの手応えが薄いのは、打ち手が悪いからというより効く範囲の外に理由の多くがあるからではないか ― 統計からは、そう読み取れます。
賃上げだけでは、辞める人は止まらない。
止められないのではなく、届く範囲が違う。
補足を1点。この調査は主な理由を1つ選ぶ形式のため、上の合計は厳密な構成比ではなく塊の大きさを比べるための便宜的な計算です。それでも2倍を超える差は、傾向として無視しにくいところだと考えます。
「個人的理由」の中身は、会社の中にある
同じ調査は、離職率を理由別にも集計しています。2024年は「個人的理由」による離職率が10.7%、「事業所側の理由」が0.8%。離職率14.2%のうち、経営上の都合や出向といった会社側の事情によるものは1%に届きません。
注意したいのは、「個人的理由」という言葉です。これは統計上の分類名であって、「本人の問題」という意味ではありません。前の章で見たとおり、職場の人間関係も労働条件も、この「個人的理由」に含まれています。いずれも、会社の中で起きていることです。
この10.7%は、「社員の私的な事情による離職の割合」というより、「会社が辞めさせたわけではない離職の割合」と読むほうが実態に近いはずです。中身の多くは会社の側にある。裏を返せば、会社が働きかけられる余地があるとも言えます。日々の職場で起きていることが、個人の「ここで続けるかどうか」という判断をつくっているのではないでしょうか。
同じ「人間関係」でも、調査によって数字が変わる
離職理由を扱った調査は他にもあり、数字は一致しません。たとえば、不満を理由に辞めた若手・中堅を対象とした調査では「人間関係・職場の雰囲気が合わなかったから」が41%。本記事で見た9.0%/11.7%とは、4倍近い開きがあります。
どちらかが誤りなのではなく、測っているものが違います。
- 母数の違い|雇用動向調査は転職した人全体が母数。もう一方は「不満を理由に辞めた人」だけが母数です。分母を不満層に絞れば、不満に関わる理由の比率は上がります。
- 回答形式の違い|雇用動向調査は「主な理由」の単一回答。もう一方は複数回答です。複数選べる調査では、各項目の割合は高く出ます。
目安としては、発生率を見るなら母集団全体の調査、不満の中身を見るなら離職者対象の調査。数字の大小を比べる前に、母数と回答形式を確かめる。統計を経営判断に持ち込むときは、この順番が効きます。
1名の離職に、いくらかかるのか
次は費用です。この領域は公表データが少なく、定義もそろっていません。断定を避け、幅で見ます。
直近の数字としては、マイナビ「中途採用状況調査2026年版」があります。2025年に企業が中途採用に使った費用は、1社あたり年間平均609.9万円。人材紹介・求人広告などの外部費用の合計で、社内の人件費は含みません。発行元が「1人あたり」として示すのは転職サイトの求人広告費のみで、全職種平均36.7万円です。
集計範囲を区別せずに示した数字としては、リクルート就職みらい研究所『就職白書2020』の中途103.3万円、新卒93.6万円が知られています。ただし2019年度の実績で、同白書は2021年版以降、金額の集計を行っていません。円単位で1人あたりを示した調査自体が、近年ほとんど見当たりません。
1名あたりの採用コストは、集計範囲によって数十万円から100万円超まで振れます。20名の会社で年2.3名が離職し、同数を中途採用で補うとすれば、外部費用だけで年およそ80万〜240万円。30名なら年およそ130万〜360万円という見当です。引き継ぎの時間も、教育のやり直しも、残された社員に乗る負担も、ここには入っていません。
賃上げの原資と並べると、判断の材料にはなります。仮に上限の年240万円を20名で割れば、1人あたり年12万円 ― 月1万円の賃上げに相当する規模です。どちらが正解かではなく、そもそも比較の土俵に乗っていないことのほうが多いのではないでしょうか。
では、何ができるのか
では、どこに手を入れるか。統計が示した4項目のうち、人間関係を除く3つには共通する構造があります。
- 会社の将来が不安だった … 経営者の将来像が、社員に届いていない
- 仕事の内容に興味を持てなかった … 業務が会社の目的とどうつながるかが共有されていない
- 能力・個性・資格を生かせなかった … 何を評価し、どう活かしたいかが言葉になっていない
いずれも、答えを持っていないわけではありません。多くの会社は理念と行動指針、あるいはMVVという形で、すでに言葉にしています。足りていないのは言葉ではなく、それが現場に降りていく道筋のほうです。
見落とされやすいのが、伝え方の向きです。朝礼の唱和も、経営計画発表会も、形式としては「経営者が伝える」場。社員が自分の担当業務と理念を結びつけて考える機会は、用意されていないことが多いのではないでしょうか。掲げることと、届くことは、別の仕事です。
必要なのは、ベクトルを変えることです。経営者が伝える、から、社員が自分の言葉にする、へ。その具体的な設計は、別の記事で扱っています。
「経営者が伝える」から「社員が語る」へ。掲げた言葉が形骸化する3つの原因と、体現と定着を同時に設計する3つの原則を整理しています。本記事が課題の可視化、こちらが解決の設計にあたります。
まず、最初の一歩
最初の一歩は、施策を決めることではありません。自社の離職を、率ではなく人数と金額に置き換えることです。従業員数に11.5%を掛ければ年に何名か、そこに自社の実際の採用コストを掛ければ年間いくらかが出ます。
そのうえで、直近の退職者が挙げた理由を「給与」と「それ以外」に仕分けてみる。公的統計と同じ構図が自社にも出ているなら、打ち手の置き場所も変わります。数字は答えではありません。ただ、出発点にはなります。
- 自社の従業員数に離職率11.5%を掛け、年に何名が辞める計算になるかを出す
- 直近の退職者が挙げた理由を「給与」と「それ以外」に仕分ける
- 理念・行動指針(MVV)が、社員自身の言葉で語られているかを確かめる
siroのインナーブランディングは、研修ではありません。ワークショップで理念と向き合い、チーム単位でアクションを決めて実行し、次の回に持ち寄る。成果物は受講の記録ではなく、現場の変化そのものです。初期相談・お見積もりは無料です。
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出典・参考
- 厚生労働省「令和6年(2024年)雇用動向調査結果の概況」(離職率・入職率=結果の概要1/前職を辞めた理由=結果の概要3・表5/離職理由別離職率=結果の概要4)
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)を公表します」(2025年10月24日公表。規模別の数値は事業所規模別・大学卒業者)
- マイナビ「中途採用状況調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月27日公表。中途採用費用は外部費用の合計で、社内人件費を含まない)
- リクルート就職みらい研究所『就職白書2020』(2019年度実績。同白書は2021年版以降、金額の集計を行っていない。集計範囲の定義は原典に記載なし)
- 日本労働組合総連合会「2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果」(2026年7月3日公表)
- リクルートマネジメントソリューションズ「離職の実態と真の理由を探る【前編】」(2025年11月10日)※離職理由の割合は同コラム掲載の人材育成学会第22回年次大会発表論文(内藤・松本・大庭, 2024)より
※本記事は公的統計と各種調査をもとにした一般的な整理であり、記載の読み取りは一つの解釈です(統計は記載時点の値)。離職理由の合計値は、主な理由を1つ選ぶ回答形式のデータを便宜的に合算したもので、厳密な構成比ではありません。採用コストは調査ごとに集計範囲が異なり、『就職白書2020』は2019年度実績で集計範囲の定義も原典にないため、幅のある目安としてお読みください。御社に合った進め方は状況によって変わるため、具体的なご相談はお問い合わせから承ります。