
「求人倍率が下がっているらしい。なら、少しは採用も楽になるはず」。そう思って募集をかけたのに、やっぱり応募が来ない——。2026年の春から初夏にかけて、こうした声を多くの経営者からうかがいます。
数字だけを見れば、たしかに求人市場は落ち着きつつあります。しかし現場の実感は「相変わらず採れない」。この2つはなぜ食い違うのでしょうか。今回は、2026年4〜5月の最新データをもとに、中小企業の経営者・採用担当者が今おさえておきたい3つの変化を、できるだけ数字に沿って読み解いていきます。
数字で見る今月の採用市場——「量」は緩み、「中途」は底堅い
まず全体像です。厚生労働省の発表によると、2026年5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.17倍。3月1.18倍、4月1.18倍と続いた低下がさらに進みました(厚生労働省「一般職業紹介状況」2026年5月分)。ハローワークに寄せられる新規求人数も、前年同月比でマイナス8.9%。生活関連サービス・娯楽、卸売・小売、宿泊・飲食、建設と、幅広い業種で二桁の減少が見られました。
ここだけを切り取ると、「企業の採用意欲が冷えている」ように見えます。ところが、話はそう単純ではありません。
転職市場に目を移すと、景色が変わります。dodaの転職求人倍率は、1月の2.57倍から4月の2.38倍までじりじり下げていましたが、5月は2.44倍へと反発しました。求人数は前年同月比でプラス14.9%と、むしろ増えています(doda転職求人倍率レポート)。大手人材企業の決算を見ても、リクルートやパーソルはそろって増収増益で、「国内の人材不足は続いている」と明言しています。
つまり、いま起きているのは「求人が一様に減っている」のではなく、ハローワーク経由の求人は細るが、民間の転職市場は活発という二層構造です。「求人が減っている」というニュースと、「うちは採れない」という実感が同居するのは、このためです。
この二層構造は、採用チャネルの重心が「公共の窓口」から「民間サービス」へ移り続けていることの表れでもあります。ハローワークや無料の求人掲載だけに頼っていると、市場全体は活発なのに自社にだけ人が集まらない、という状況が起こりやすくなります。逆に言えば、いまはチャネルの選び方そのものが採用成果を大きく左右する局面だということです。
さらにもう一段、注意して見たい数字があります。正社員に絞った有効求人倍率は0.99倍。全体が1.17倍でも、正社員の枠は1倍を割り込んだままです。「正社員の椅子が余っている」わけでは決してありません。全体の倍率という平均値だけを見て「今年は採りやすい/採りにくい」と判断するのは、もう時代に合わないのです。大切なのは、自社の業種・職種が、増えている側なのか、減っている側なのかを見極めることです。
AI採用の「実装元年」——中小企業がとるべきスタンス
2つめの変化は、採用のやり方そのものが動き始めたことです。
昨年までは「生成AIを採用にどう使うか、検討している」という段階の企業が大半でした。ところが2026年に入り、話は一気に「実装」へと進みます。あるサービスでは、候補者の探索からスカウト文の作成、送信までをAIが自律的に行い、スカウト100通にかかっていた作業を、従来の約17時間から約20分へと短縮すると発表しました。専門分野に特化したAI面接官の一般提供も始まっています。
「うちのような中小企業には関係ない」と感じるかもしれません。しかし、ここで立ち止まって考えたいのは、AIが定型業務を肩代わりするほど、人にしかできない仕事の価値が上がるという逆説です。
求人票の下書き、スカウト文の一次作成、面接日程の調整、応募書類の初期チェック——こうした「手を動かす」作業は、AIが得意とする領域です。一方で、「自社で働く魅力を一言で言い表す」「どんな人と一緒に働きたいかを定義する」「候補者に響くメッセージを設計する」といった仕事は、その会社のことを深く理解していなければできません。ここは人が担う領域です。
大企業が潤沢な予算でAIツールを導入していくなかで、中小企業が同じ土俵で作業量を競っても勝ち目は多くありません。むしろ、AIに任せられるところは思い切って任せ、空いた時間を「自社ならではの伝え方」に振り向ける——この切り分けこそ、限られた人手で採用成果を出すための現実的な一手になります。
はじめの一歩は、大がかりなツール導入である必要はありません。たとえば、いつも時間がかかっている求人票の下書きを、無料で使える生成AIに一度任せてみる。出てきた文章を、自社の言葉で整える。それだけでも、「AIに任せる部分」と「人が判断する部分」の感覚がつかめます。大切なのは、いきなり全工程を自動化しようとせず、負担の大きい1工程から小さく試すことです。
「報酬」だけでは人は動かない——伝え方の設計が差を生む
3つめは、候補者が企業を選ぶ「ものさし」の変化です。
ランスタッドが働き手4,464名に行った調査では、離職理由の1位が、長年トップだった「報酬」から「ワークライフバランス」へと交代しました(ランスタッド「エンプロイヤーブランド・リサーチ2026」)。2026年の春闘では平均5%を超える賃上げが実現しましたが、それでも「給与さえ上げれば人が定着する」という時代ではなくなりつつあることを、この結果は示しています。
もう一つ象徴的なのが、採用動画をめぐる調査です。ある調査では、採用動画を持たない企業に対して約95%の求職者が不安を感じ、条件が同じ2社で迷ったときには87.7%が「動画の有無や質」を最終的な判断材料にすると回答しました(moovy「採用動画トレンド調査2026」)。
これらが指し示すのは、「何を出すか」だけでなく「どう伝えるか」で採用の結果が変わるという現実です。給与や休日といった条件面はもちろん大切です。しかしそれと同じくらい、「この会社で働くと、日々どんな景色が見えるのか」を候補者がイメージできるかどうかが、応募や内定承諾を左右するようになっています。
ここは、実は中小企業にこそ勝ち筋があります。大掛かりな広告費をかけなくても、社員の一日の流れを短い動画にする、現場の空気が伝わる写真を載せる、「なぜここで働き続けているのか」を社員の言葉で語ってもらう——こうした等身大の発信は、規模の大小に関係なく、むしろ小さな会社ほど実在感をもって届きます。採用ブランディングの本質は、広告費の多寡ではなく「自社の実態をどう設計し、どう伝えるか」にあるのです。
見栄えのよさを追う必要はありません。むしろ、飾りすぎた情報は候補者に警戒されます。忙しい時期のリアルな一日、任される仕事の範囲、入社後に戸惑いやすいポイントまで正直に伝える企業ほど、入社後のミスマッチが減り、定着につながっています。「良く見せる」よりも「正しく伝える」——この姿勢が、結果的にいちばんの採用ブランディングになります。
まとめ——「量」ではなく「伝え方」で勝負する年に
ここまで見てきた3つの変化を、いちど整理します。第一に、求人市場は全体として緩む一方で、中途市場は底堅く、二極化が進んでいます。全体の倍率ではなく、自社の業種の実態を見ることが出発点です。第二に、AIが採用の定型業務に入り込み、人が担うべき「設計」の価値が高まっています。第三に、候補者は報酬だけでなく「働く姿がイメージできるか」で会社を選ぶようになりました。
共通しているのは、採用の勝負どころが「量をこなすこと」から「伝え方を設計すること」へ移っているという一点です。求人倍率が下がっても採用が楽にならないのは、そこで求められていることが変わったからにほかなりません。
とはいえ、「では、うちは何から手をつければいいのか」——ここがいちばん悩ましいところだと思います。自社の業種は市場のどちら側にいるのか、チャネルは足りているのか、伝え方はどこから直せばいいのか。この順番を、自社の状況に当てはめて整理できる実務ツールをご用意しました。
📋 「で、うちはどうすればいい?」を1枚にまとめました
本記事で紹介したトレンドを自社に当てはめるための、セルフ診断・チェックリスト付きレポート(PDF)を無料でお届けします。読んだ後すぐに動ける「実務ツール」です。
採用市場の変化は、一時的な波ではありません。自社の立ち位置を正しくつかみ、それに合った「伝え方の設計」に少しずつ投資していくことが、限られたリソースで成果を出す近道です。まずは自社の業種データを1枚にまとめるところから、始めてみてはいかがでしょうか。
出典一覧
- 厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年5月分)」2026年6月30日発表 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74004.html
- パーソルキャリア「doda転職求人倍率レポート」2026年6月18日発表 https://doda.jp/guide/kyujin_bairitsu/
- 総務省統計局「労働力調査(2026年5月分)」2026年6月30日発表 https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/
- ランスタッド「エンプロイヤーブランド・リサーチ2026日本版」2026年6月12日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000092.000004185.html
- moovy「採用動画トレンド調査2026」2026年6月23日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000062343.html
- YOUTRUST(AIスカウト)2026年3月25日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000180.000040832.html / VARIETAS(AI面接官)2026年5月25日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000058.000079152.html
※本文中の採用動画・AIスカウトに関する数値は、各民間事業者による自社調査・発表に基づく参考値です。官公庁統計とは性質が異なるため、傾向を示すものとしてお読みください。
本記事は株式会社siro「HR Trend Intelligence」の月次調査をもとに作成しています。